「大奥」完結

(以下,書き殴りでいつか清書しようと思っていたメモだが清書しようとする機会が失われたので書き殴りのまま公開)

よしながふみ「大奥」が完結した.

 https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E5%A5%A5-%E7%AC%AC1%E5%B7%BB-JETS-COMICS-%E3%82%88%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%8C/dp/4592143019

大奥のすべての始まりは春日局が徳川という血筋,あるいは溺愛した家光の血筋にこだわったため,それを存続させるよう男衆を生殖のための道具として集めた場所だった.それが最後の最後に家茂に血筋なんてどうでもいいのだ,徳川以外にふさわしいのがいればそいつが国を治めるべきだし,同性だろうが養子だろうがそいつと生涯添い遂げる気があるのならば家族になるべきなのだ,という話にもっていったのがすごい.

(男の)家光は男色家で,女に興味を示さなかったという.春日局は家光の血を継がせるためにとにかくいろいろな女性を見繕い大奥をつくった.これはのちに女の家光のためにいろいろな男を見繕い大奥に放り込むという方法につながり,さらにそれはかつて偏食家だった家光を育てたときのやりかたと同じで,ひとつの成功体験にすがって同じことを何度もやるということだ.つまり血脈こそが何にもまさるということにつづいて,人を生殖のための道具扱いすることも春日局の思い込みから始まっている.

余談だけど男の家光が死んだときに春日局はこの遺骸は自分の息子であるとして秘密裏に女家光にあとを継がせようとするんだけど,そのために赤面疱瘡という外見からは誰の遺体だか分からない形相になる症状を設定したんだろうなあ.とにかくいろいろ設定が周到に用意されててとんでもない.

家斉が出てきたときにこいつで物語を収束するのかと思った.でもそうではなかった.だって家斉から家茂まで(もっといえば吉宗以降~慶喜以前)って徳川の歴史としては地味じゃない? だからここで病気が克服されて歴史が戻って大団円なのかと思ってた.けどそうじゃなかったし,むしろ大奥という作品では家茂までこそが重要だったように思う.家斉は母と妻への不信感から赤面疱瘡撲滅に乗り出す.つまり女性不信によって男の社会を取り戻そうとするわけだ.これは春日局の思い込みから始まった,男を道具扱いし多くの悲劇を生み出す大奥というシステムが,やはり思い込みによって女を道具扱いするシステムに戻るにすぎない.

そうではなく家茂まで行ってはじめて,徳川という血筋が重要なのではない,相手と生涯添い遂げる覚悟があるかどうかなんだ,として同性が養子をとろうとする.これでようやく思い込みによって人を道具扱いする大奥という作品のメイン設定を乗り越えることができるわけだ.だから家茂は,家柄の良さや血筋にこだわる慶喜を否定したのだ.大奥は200年以上かけて,その内側からそれを乗り越えるロジックを得たのだ.もし徳川の世が存続したら,イエ制度をも乗り越える現代的,いや近未来的なシステムが誕生したのかもしれない.

しかしそれは夢物語に過ぎず,大奥の物語世界でも慶喜や西郷らによって旧来的な社会,つまり現実に合流するわけだ.

……とはいえ徳川の世が存続したら,というのももちろん不可能だ.家茂が血筋とかどうでもいいじゃんと言いだすのは徳川の権威が失墜してきたからなのだし,さらにいえば大奥というシステムが一度成立してしまえばその内部での権力関係やらなにやらが生じるので,そのシステムを壊すことは容易ではないから.吉宗だってあれは結局大奥のシステムを全否定する行動しかしてないんだけど,大奥自体を潰すことはできずに少し縮小することしかできなかったわけだし.

よしながふみ自身も,早世した人には多少無茶なことも言わせられるといったようなことを最終巻で言っている.家定が「異人と通商条約を結んでもいいが関税自主権治外法権だけは譲るな」とか言ってるのも後の世から見れば圧倒的に正しいわけだが結局は実現しなかった.同じように家定と和宮が現代の目から見れば,いや現代からも先んじているような圧倒的に正しい選択をしようとしたのだが結局は早世したことによって時計の針が戻るわけだ.